せっかち小夏のズボラな生活

20代OL気まぐれ日記

「大好き」が「嫌い」になる可能性を高めてまで得たい「不確実な幸せ」か

※最初に書いておきますが、子どもを持つ決断をした人、持たない決断をした人、育てている人への批判の気持ちは1ミリもありません。私自身の気持ちの問題のお話です。

結婚して2年。

平和な毎日。

 

夫のことは付き合った当時から変わらず大好きだし、一緒に暮らせている今は毎日幸せ。大好きな人が家にいて、何気ない出来事で笑って、くだらない話題で熱く語り合って。

そんな毎日がとてもとても大事だし、ずっと続けば良いなと思う。

 

だけど、先の変化を全然考えていないかって言われたらそんなことはない。

20代も後半になり、周りも結婚・出産ラッシュ。いわゆる適齢期ってやつ。

 

私も子どもは嫌いじゃない。可愛いとは思う。2人でそういう話もしなくはない。だけど、私が決めきれない。夫は「産むのは君だから」と決断を委ねてくれているけど、決めるのが自分である重みもある。

 

生むと決めたからって、絶対できるわけではないけど、夫婦間、決めないことには自然発生はない。

「子どもが欲しいかはわからない。だけど、産みたいなら若くで産みたい」

時は止まらない。

夢は見れない

昔は、漠然と、「23歳で結婚して、25歳で子どもを産んで……」と呑気に思っていた。

小学校6年生くらいまでは。大学卒業が22歳だから、なーーんにもわかっていないだけだけど。

 

だけど、12歳離れた妹ができて私の人生イメージは一変した。

物事を理解できるようになってきた思春期の私の目に映る「子育て」はそんなこと言えないくらい大変そうで。

予想不可能、自分のコントロールなんて一切効かない妹の姿を見ていると、「子育てって大変すぎるな」と思わずにはいられなかった。

もちろん、最高に可愛いし、今でも大好きな妹だけど、「可愛いだけじゃない」ことを知ってしまった。それまでは、外で赤ちゃんや子どもを見ても「可愛い〜〜〜!」って思うだけだったけど、「他人の子(=私に責任がない子)だから可愛いって思えるんだよな……」という感情が付きまとうようになった。

それに対して、何かに恨み言はないけれど、もう知らなかった頃には戻れない。

 

きっと、親にしか見せない「最高に可愛い瞬間」もあるのだろうけど、それだけで済むようなことだとも思えない。

さらに拍車をかける、子育てをめぐる両親の喧嘩。

大好きから大嫌いまで

今は夫のことが大好きだし、一緒にいて幸せだけど、「子ども」という未知なる存在が入ってきたら、その状況が続くとは限らない。

 

今は大人2人だから怒りにはならないことも、子どもができた時に平穏でいられるとは限らない。

「週末はずっとゲームをしている」とか「家事の動き出しが遅い」とか「頼んだゴミ出しを忘れる」とか。

 

今は大人2人だし、別に私も1人でできないことなんてないから、それが夫を嫌いになる理由にはならない。

わざわざ粗探ししたり、嫌いになる理由を探す必要がないから。特別困ることもないし、私も嫌ならやらなきゃいい。それだけ。

 

でも、子どもができたらどうか。

守らなきゃいけない命ができた時、その細かな違いが大きな違和感になってしまうのではないかと思う。

私は心配性だから、なおさら。

 

「それなら離婚すれば良いじゃん」みたいな意見もあるかもしれないけど、「夫の子どもなら欲しいかも?」レベルなので、これから会うかもわからない誰かの子どもなんて、私はいらない。夫と一緒に過ごしたい人生だから、悩むのだ。

 

子育てをしていてさらにパートナーを好きになった、みたいな例が少なすぎて、なかなか、あと一歩が踏み出せない。

「私たちなら大丈夫」なんてこと思えるわけない。

誰も、「相手のこと嫌いになりたいから子どもを作ろう」なんて思っていないでしょう?

 

今の私にとって、子どもは「不確実な幸せ」でしかない。

 

そりゃあ、2人でいたからって、このままの幸せが続く確証もないけれど、子を持つ決断で不確定要素が増えることは間違いない。

かといって、この段階で、「一生2人で生きていく」という決断をする勇気も今はない。

子どもが欲しいかも、と思う気持ちは全く理屈なんかじゃなくて。いなくて良いよね!!と振り切るには難しい程度にては「子どものいる生活」も望んでいる。

 

今の幸せを壊す可能性を持ってでも得たい不確実か。

持つも持たぬも決断の日はくる。

どちらかに覚悟を決められる日は果たして来るのだろうか。