想定される反論もあるけれど、たくさんの人が読むわけではないところなので書きたい。
良かれと思って
全く負担に感じていない荷物に対する「持つよ」
動線を邪魔した上での、落としたものを拾う行為
間口の広いエレベーターでの開けるボタン押し
その人の親切がなくとも、スムーズに、負担なく進んだであろうことへの「ありがとう」にモヤっとすることはないだろうか。
そういう時にだって、もちろんお礼は言うけれど、その行動がありがたかったから伝える感謝ではなく、その行動をしようと思ってくれたことへの感謝。
そりゃあ、ありがとうなんて言ったって減るもんじゃないけど、なんだか相手を喜ばせるための言葉に感じる。
押し付けのお礼。
でも、言わないとこっちが悪いみたいになるから、言わざるを得ないお礼。
逆だったとして
私は、逆の場合でも基本的にスタンスは同じ。意図せずとも相手に不要なありがとうを強要してしまった時には申し訳ない気持ちになるし、すぐに謝る。
「うわっ!私が邪魔したね。余計なことしてごめん!」と。
相手の自尊心を乱したわけだから、心からの申し訳ない気持ち。
派生した話
はじめからこの話をすると、そっち方面の過激派の方が喜ぶネタになっちゃうから前半では書かなかったけど、家事も似たような場面がある。
ややこしくしないために、ここは共働き子なし夫婦の話をしたい。(さらに言えば、どちらも家事をすることができる年齢の大人2人)
「私ばっかり家事をしているのに、全然お礼を言ってくれない!」
たしかに、一生懸命忙しい中で家事をこなしているのに、それを当たり前みたいな顔をされたら腹が立つ気持ちもわかる。
自分は教授するばかりでお礼すら言わない!と。
でも、本当にそれ、相手にとって必要なことかな?というところは気になる。
たとえばあなたが、玄関掃除は月に一回で良いと感じているとする。
それなのに、週に一度、ないしは毎日掃除して、「なんでやってあげているのにお礼を言わないの?!」と言われたらびっくりしないだろうか。
そんなに嫌ならやらなきゃいいんじゃないの?月に一度私がやるよ?と。
あんまり毎日玄関掃除をする人はいないかと思って極端な例にしたけど、相手にとってのあなたの行動が、相手の通常よりも過剰な可能性はないだろうか。
私もパートナーと一緒に住み始めて初期の頃に言われた。私の〇〇やっておいたよ報告が、お礼を強要されているようでしんどいと。
本人は不要だと思っていることを伝えられて、お礼を強要されるのは確かに負担があるだろう。
私の場合は、お礼を言って欲しかったわけではなく、あくまで業務報告で、普段しないところの掃除に対しては、「(綺麗にできて)よかったね!」という言葉が欲しかっただけ。
それからは、おめでとう、とか、良かったね、とか、そんな返答が増えた。
自分がやりたくてやっていることでお礼を強いるのはなんか変だし、良かれと思ってやるなら、相手にとって本当に「良い」ことなのかは、普段から考えておきたいところだ。
ありがた迷惑
そうなったとき、それはプラスではなくマイナスになる。
肝に銘じておきたい。